ローマ |
|7:50 ▷ 朝食
朝メシは8時に部屋に運んでくれることになっている。
ここは食堂のような気のきいた設備はないようで、8時から9時半までの希望の時間を言っておくと、その時間に朝メシを持って来てくれる。メニューは選択肢から5品を選ぶ。……と書いているうちにドアがノックされる。5分前という律儀さだ。
見るからにうまそうだった。
ここがイタリア人のうまさというか、ずるさというか、センスのよさというか、5品と調味料が空色のトレーの上にカラフルかつ上品に並んでいる。ふだんは食事の写真などあまり撮らないが、思わず撮ってしまうほど鮮やかな膳の並びであった。
|8:50 ▷ 駅へ
荷造りをしてチェックアウトする。
荷物を持ってフロントに行くと誰もいない。台所らしき部屋からメイドさんが出てきたので、彼女に鍵を返す。朝メシを運んでくれたのもこの女性である。メイドといってもアキバ的なコスチュームを着ているわけではもちろんないし、メイド服が似合いそうなキャラクターでもない。
旅はいよいよ終盤である。
今日は20時25分発のイージージェットでパリに戻る。目的のバチカン博物館を昨日訪れたので、今日はフリーである。無計画な旅なので元からフリーなのだが、予定が白紙という意味である。
そこで、フィレンツェに遠足に行くことにした。
昨日、フィレンツェ駅を通過する様子を列車のなかから見て、フィレンツェを訪れたい気持ちがふと湧いたのだった。問題は所要時間だった。仮に10時にローマを出て16時半にローマに戻るとすると、使えるのは6時間半。片道2時間で行けば現地で2時間半を過ごすことができる。
ローマ・テルミニ駅で時刻表を調べると、片道の所要時間はほぼ1時間半だった。しかもフィレンツェを通る列車は1時間に2、3本ある。柔軟な予定が組めそうだった。
|9:45ごろ ▷ テルミニ駅
ローマ・テルミニ駅の券売機でフィレンツェ往復のチケットを購入!
画面の指示通りにタッチパネルを押していくと、往復分のチケットを買うことができた。見たところ往復割引はなく、行きと帰りの便をそれぞれ買うようだ。支払いには日本のクレジットカードが使えた。
往復90ユーロ(一万円前後)は予定外だが、フィレンツェなどもう二度と行く機会がないかもしれないし、それだけの価値があると思うことにする。
往:1015 – 1150、9516号、11号車81番
復:1510 – 1645、9519号、9号車26番
現地で3時間以上の滞在が確保できた。空港バスが17時15分発なので、ローマ着16時45分の復路便は(大幅な遅れさえなければ)完璧なタイミングである。
|10:10 ▷ 乗車
列車に乗り込む。
指定席なのでチケットに書かれた座席に座る。コンパートメントではなく開放型で、向かいの席には雑誌を読む若い美女と禿げあがった老紳士が座っている。じいさんは新聞を読んでいたが、顔を上げると女性とひと言ふた言、話をする。何やら秘密めいた雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
しかし、どうやら2人は無関係だったようで、老紳士はやがて席を立ってどこかに行ってしまう。トイレでもなさそうで、じいさんは最後まで戻ってこなかった。
通路を挟んだ横の4人席では、中年夫婦がリラックスした様子でトランプに興じている。見るからに観光客という、解放感あふれるラフな服装である。
やがてトランプに飽きたのか、旦那がこちら側の女性に話しかける。雑誌を読み終え、先ほどからノートに何やら書き付けていた彼女は、顔を上げてにこやかに対応する。先ほどのじいさんと違い、夫婦連れの観光客だから警戒がないのだろう。
うつむいて雑誌を読んでいたときはクールな20代半ばと見えたのに、無防備に上げた顔はどうして若い。しかも笑うと目尻が下がり、いきおい人懐っこい表情になる。この振れ幅にやられるのだろう。聞けばまだ高校生だという。
フィレンツェ |
11時50分、列車は定刻にフィレンツェに到着した。
一部の高速列車は直通駅を使うようだが、この列車は町の中心にあるフィレンツェSMN(サンタ・マリア・ノヴェッラ)駅まで行ってくれる。おそらく軌間が同じで、在来線と相互に乗り入れできるのだろう。今回のように時間が少ないときは誠にありがたい。
駅の売店でガイド本の小冊子と水を買う。帰りは15時10分発なので、3時間ほど時間がある。何はともあれドゥオモに向かう。
|12:10 ▷ 観光
買ったガイド本の地図によると、ドゥオモは駅から徒歩で行くことができる。京都駅から祇園のようにバスに乗る距離だと何かと時間を取られてしまうため、徒歩圏内というのは非常にラッキーである。しかも、かなり近そうだ。
突き当たりを左に曲がり、ドゥオモに続く道に入ると、正面の奥に早くもドゥオモの赤屋根がのぞく。
フィレンツェは随分と前に一度来たことがあるが、具体的な記憶はすでに残っていない。むしろ映画「冷静と情熱のあいだ」で竹野内豊とケリー・チャン(陳慧琳)が再会する場面のほうが印象が濃い。
やがてドゥオモのある広場に到着する。石造りの建物は、近づくにつれてますます重みを増していく。
ドゥオモの入場には行列ができていたので外から見るだけにする。代わりに、と言っては何だが、隣にある八角形の洗礼堂に入る。八角形には何か意味があるのだろうか。法隆寺の夢殿も八角形だ。
天井画が見事でしばらく見入った。
ドゥオモを離れ、サン・マルコ広場からサンティッシマ・アヌンツィアータ広場に着く。向かいの建物の回廊が美しい。広場の名前はおそらく角にある同名の教会に由来するのだろう。その名前は無駄に長いが、帰国後に調べたところ、キリスト教的に大きな意味があった。サンティッシマは「神聖なる」という形容詞の女性形最上級で、アヌンツィアータは受胎告知である。
宗教上の意義はさておき、日陰に座ると乾いた風が心地よい。美しい回廊を眺めながら、石段に座ってしばらく休憩した。
|14:30 ▷ 帰路 フィレンツェ駅に戻ってくる。ドゥオモはもちろんのこと、周辺の通りや広場は車のクラクションも聞こえず、遙か中世の名残をあちこちにとどめていた。パリに戻る前の最後の時間を、フィレンツェで過ごすことができて幸運だった。
・フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅(ウィキペディア)
・サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ウィキペディア)
・サン・ジョヴァンニ洗礼堂(ウィキペディア)
・夢殿(法隆寺)
書きたかったフィレンツェの日帰り旅行を、旅行から2年近く経ってようやく書くことができました。「いざ行かん、バルカン」はこれで終わりです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。