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いざ行かん、バルカン
クロアチア〜イタリアの旅, 2011年
11. 一路、ローマへ 2011.9.29thu.
寝台列車

|午前0時すぎ  列車に乗り込むと車掌がやって来て私をコンパートメントに案内し、ドアを開き、ベッドを教えてくれる。
 鉄道旅に不慣れな私にも、またすでに寝ている乗客にとっても、無用な混乱を防ぐありがたい配慮である。小さな行為とはいえ、こういう仕組みが整っているのはさすがだと感心させられる。

 私が乗り込んだのはいわゆるクシェットと呼ばれる簡易寝台だ。
 クシェットはふつう三段ベッドが向き合った形をしているが、この列車には二段ベッドのクシェットが備わっており、料金もさほど変わらなかったことから、私は二段のほうを予約していた。
 二段といっても構造が違うわけではなく、中段のベッドが壁側に折りたたまれているだけで、下段はたしかにそれだけ空間が広がるものの、上段のスペースは変わらない。私のベッドは上段だった。それでもコンパートメントに六人がいるのと四人がいるのとでは気配の密度が違った。
 このあとはこの狭いベッドで目一杯眠るだけだ。午前中のザグレブでの散策や、午後からの列車移動やリュブリャーナ観光などを思い返すこともなく、私は簡単な寝支度だけして毛布をかぶった。

|朝  熟睡というほどではないが、揺れの合間合間に深く眠れたので寝足りた感覚が残っている。ただ、ベッドは幅も長さも十分ではないため体勢を変えるのがむずかしく、腰が固まっている。動かせる範囲でゆっくりストレッチをすると、何とか上体を起こせるくらいに体が曲がるようになった。
 列車はやがて駅に停まる。長めに停車しているのでいったいどこだろうと、毛布を適当にたたんで通路に出る。フィレンツェ駅だった。
 余談ながら、ヨーロッパの大都市の例に漏れずフィレンツェにも鉄道駅がいくつか存在する。高速列車の一部は郊外のバイパス用の駅に停まるようだが、この寝台列車は旧習を守って市中心部にあるフィレンツェSMN——サンタ・マリア・ノベッラ——駅を使用する。

|7:35  かなり長い時間停車したあと、フィレンツェ駅を出発する。ゆっくりと通り過ぎるホームの表示板を見ると、「ローマ・テルミニ 6:30」と出ていた。1時間ほど遅れているようだ。

 フィレンツェ駅を出たところで車掌が朝メシを運んでくる。クシェット(簡易寝台)はふつう朝食なしだったと思うが、私の記憶違いだろうか。
 内容は小さなトレイにクロワッサンとコーヒーを載せただけの、シンプルなコンチネンタルだ。私は普段、朝は紅茶だが、旅の朝の熱いコーヒーはうれしい。さきほどから聞こえていた、ガリガリと何かを削るような物音は、コーヒー豆を挽(ひ)く音だったのかもしれない。簡単な朝食であっても車内サービスで供されると、どこか優雅な心持ちになる。

 上段のベッドにいてもすることがなく窮屈なだけであるため、通路に出て朝の風景を眺める。ちょうど朝日が出たばかりで、平原を朝日がじっくりと照らし、そのままこちらの心まで照らしてくる。しかし車窓風景はたちまち移り変わり、朝日は土手の向こうに隠れたり、雑木林に阻(はば)まれたりする。かと思うと、はるかに山の稜線まで大きく視界が開ける。
 私の下で寝ていた男は、部屋のコンセントにiPhoneをつないで充電している。昔ながらの列車旅を過ごし、私は何となく懐かしい気持ちに包まれていたが、それは単に私の旅愁に過ぎず、乗客は「いま現在」をリアルタイムで生きているようだった。

車窓風景
朝の車窓風景

車窓風景
朝の車窓風景

車窓風景
ぶどう畑と高速列車

|午前10時前  家屋が次第に増え始め、列車が神経質なほどゆっくり減速を始めると、やがて高低さまざまな建物が密集してくる。巨大な町だ。
 列車はまるで乗客をじらすかのように、さらにのろのろと進む。軽い負の加速度に体を押し戻されるなか、線路と架線が何本にも枝分かれし、列車はついに大屋根の下に進入する。ローマ・テルミニ駅である。

ローマ
ローマ・テルミニ駅

ローマ
ホーム

レイアウト変更 2013.9.12
記 2012.2.15