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− 短編・旅エッセイ −

<9> 週末の共和国広場





 





 




アルメニア・首都エレバン
 市の中心の、モスクワでいえば赤の広場にあたる「共和国広場」の周りには、国立歴史博物館をはじめ、ホテルや政府庁舎などが端然と建ち並ぶ。もとより人通りの多い場所だが、うららかな秋の週末ともなると、コンパクトカメラを手にした若者たちで活気づく。
 アルメニアが旧ソ連から独立したのは1991年、いまから10年ほど前のことだ(注:これを書いているのは2002年)。私は1998年にもエレバンに数日滞在したが、そのときに比べても明るく整然とした飲食店や垢抜けたアパレル店が増えている。標識にしても、古い標識はアルメニア語とロシア語で書かれたままだが、新しい標識はアルメニア語と英語で書かれている。ゆっくりとしたスピードながら、アルメニアは旧ソ連の枠を越え出て西側に染み出ようとしていた。

 歴史博物館の正面に大きな噴水がある。水柱が水底から轟然(ごうぜん)と吹き上がり、頂点で細かな粒に分かれてはらはらと散らばり落ちる。そのわずかの間に、午後の太陽を満身で跳ね返す。
 博物館と噴水の間に敷かれた石畳に、高校生くらいの男女数人が立っていた。おそらく新しいアルメニアしか知らない世代である。若者たちは噴水を背に立ち、自分たちには〈いま、この瞬間〉しか存在しないとでもいうように、迷いのない確かな表情で仲間のカメラをまっすぐに見る。シャッターが切られると列がわらわらと崩れ、はしゃいだ声とともにカメラマンが入れ替わる。
 新生アルメニアが順風満帆とは聞かない。しかし週末のエレバンを見ていると、エネルギーを静かに溶かし込んだ確かな水脈が、大地の下を滔々(とうとう)と流れているのを感じる。

─ 初出:『恋するアジア』第38号(2002年12月)─
修正:2013年3月02日