− 短編・旅エッセイ −
<3> 秋の寺にて |
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中国雲南省大理
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門をくぐる。十メートル四方ほどの中庭の向こうで、法要が行われていた。人の背丈ほどの仏像が左右に三体並び、先ほどの男たちが本尊とおぼしき中央の仏像の前に集まっている。仏前にはお供えが置かれ、一人の老人がなにやら経文らしき文句を長々と唱えている。息継ぎの合間に、小さな鐘がチーンと鳴る。
死者はいないようだった。
式の規模も小さく、三回忌のような節目の祭礼かもしれない。あるいは、なにかのお祓いだろうか。どのみち経文の単調さに変わりはなく、私は多少の退屈を覚えながら式の進行を見守った。
やがて経文が終わると、人々は供え物を持ってつぎに左の仏像へと移動する。そこでも同じような読経が五分ばかり続き、さらに右端の仏像の前でも同じことが繰り返された。やがてそれも終わり、
──さて、次は何をするのだろう。
と、気を抜いた瞬間、パンパンパン、パンパンパンパンパンと、中庭の爆竹が弾けた。火薬の匂いと白い煙が、たちまち境内に立ちこめる。
ふいをつかれた私を尻目に、男たちは当たり前の顔で、中庭の右手にある別の仏像に集まると、そこでも似たような礼を施した。
老人は、ひと仕事を終えたところで私に近づいてきた。持っていたヒマワリの種を分けてくれる。おまけにお茶まで出してくれた。言葉は曖昧で、すでに耄碌(もうろく)しているのかとも疑われたが、行いは親切なうえに人の話はしっかり理解しており、どうしてなかなか健常である。
老人は、僧衣はもとより、宗教者らしい装束は何一つ身に着けていなかった。見た目はふつうの市民である。このあと紹興酒を振る舞ってくれたのをみても、まったくの俗物である。伝統的な地元の僧侶か祈祷師といったところだろうか。
やがて、中庭で食事会が始まる。一つのテーブルを囲むだけの簡素な食事会である。手の込んだ料理はないが、豚の頭の丸焼きやニワトリの丸焼き、それに乳扇(にゅうせん)という地元の特産品など、かなり豪勢である。男たちのなかには、よごれた手で肉をちぎって差し出しす親切な人もいて、私は多少躊躇しながらありがたくいただいた。一方、女たちは裏方に徹しているのか、たまに姿をみても表に出てくることはなかった。
食事は、三十分ほどでお開きになった。来たときと同じように、やはりブレザーの男が盆を抱え、後ろに男たちが続く。一行は、ラッパの音とともにそそくさと寺を出ていった。私は中庭でしばらく余韻を楽しんでから寺を辞した。
振り向くと、門の内側ではいまだ白煙がうっすらと漂い、明るい秋の日を拒んでいた。私はもと来た道をふらふらと下る。ひっそりとした坂道に、すでにラッパの音は聞こえなかった。(完)
景帝廟の入口 | |
景帝病の中庭 | |
周城の市場 | |
周城の狭い坂道 | |
(撮影はすべて2007年) |