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ネパール旅行記
旋回のボーダナート

 「ボーダ! ボーダ!」
 車掌の呼び込みの声が一段と高まる。地元では最後の「ナート」が省略されるので、ボーダナートがボーダに、スワヤンブナートがスワヤンブーに縮まる。
 ラトナ・パルクのバスターミナルは単なる広場だった。乗降場があるにはあるが、少なくとも近郊バスは土のスペースに停まっていて、車掌が行き先を連呼して呼び込みをする。
 ボーダナート行きの中型バスは奥のほうに停まっていた。線も標識もないが、おそらくだいたいの停車位置は決まっているのだろう。ネパールという国は得てしてそうした暗黙の了解で成り立っている部分がある。

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ラトナ・パルクのバスターミナル(一部)

 車掌の「ボーダ」という呼び込みの声にそのまま乗り込んだが、考えてみればボーダナートが終点とは限らない。いや、一般の地元客はあまり行きそうにないので、むしろ通過点の可能性が高そうだ。ボーダに行くことを車掌に伝えたほうがよさそうだと思っているうちに車内は混み始め、車掌が戻ってきたときにはすでに満席で、バスはまもなく出発した。ボーダナートは巨大な仏塔なので、窓外を注意していればきっとわかるだろう。

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バスの車内

 チャバヒルらしき町を通過する。これで半分以上来たことになる。ボーダナートはカトマンズに珍しくチベット仏教が中心の寺なので、参詣のチベット仏教徒がいれば一緒に降りればいいと気楽に考えていた。しかし、見たところ参詣者らしき様子の人は皆無で、車内は普通にネパールの近郊バスだった。
 隣の客が降りたあと、幸いなことにチベット系の女性が横に座った。ただ、ボーダナートに行くほどの温度の高まりは感じられず、空気はあくまで常温で平静なので、下車の目印としては期待できそうになかったが、それでもやはりチベット人の存在は心強かった。

 窓外が再び賑やかになる。ところが、ぎっしり建て込んでいて仏塔が見える隙などない。場所を見極められずにいるうちに、バスは幹線道路を北にそれた。
 ——行き過ぎたか。
 隣はチベット女性なので仕草で意図が通じるだろう「ボーダ」と言いながら交互に前後を指差すと、一瞬の間のあとに女性は後ろを指差した。

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ボーダナートに戻る幹線道路沿い

 北に曲がったのはある意味、幸いだった。幹線道路をまっすぐ進んでいれば降りるタイミングを逃していた。それでもボーダナートの入口まで歩いて15分ほどかかった。賑やかな細い道を抜けた先に、巨大な仏塔が建っていた。

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仏塔(左)の周りを時計回りに巡る

 大勢の人が仏塔の周囲を時計回りに回っている。チベットで言うコルラである。漢語では遶塔(にょうとう)というようだ。仏教徒もいれば純然たる観光客もいる。熱心な仏教徒は口のなかで何か唱えながらマニ車を回し、あるいは数珠を繰る。片隅ではインド系の観光客が記念写真を撮っている。
 観光客向けの垢抜けた人工物に成り下がるのでなく、地元民とよそ者が渾然一体となってひとつの空間を流動する様子が心地よかった。仏塔が近すぎて全容の写真を撮れないのが少し残念である。

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コルラするチベット仏教徒たち

 1階の屋根というか、基台の上に登ることができるので、ぐるっと回ってみる。とくに何があるわけでもないが、数メートル上がっただけで塔の頭がぐっと近づく。タルチョと呼ばれる祈禱旗が幾重にも重なり、はらはらと風を受ける。

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基台の上で見た塔の頂上部

 高揚した聖地の微風にすっかり馴染んできたので、ちょうど昼時でもあり、巡回路に面したビルの上階でパニール・モモの昼メシにする。モモはチベット風の蒸し餃子で、私の昼メシの定番になっている。パニールが何なのかよくわからないが、遠出の勢いで普段と違うものを頼んでみる。
 出されたパニール・モモはぽってりとした太めのモモで、具は酸味のあるチーズだった。タレが意外にもカレー風味で、チーズの癖がスパイスに包まれてしつこさが消える。淡々と食べ進んだ。

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パニール・モモと紅茶

 ボーダナートのあとはコパン僧院(コパン・ゴンパ)を訪れる予定にしていた。のどかな山道を登る場面を想像していたが、現実は牧歌的な世界とはほど遠く、車が普通に土ぼこりを巻き上げて通過していく。狭いカトマンズ市内とまるで大差がなく、山中の僧院をのんびり訪ねゆく風情などかけらもない。残念だが、僧院行きは取りやめにした。
 その足で幹線道路に戻り、停まっていたカトマンズ行きのバスに乗り込む。コパン僧院は行けなかったが、心身ともに心地よい遠足になった。

(2013.6.28 記)
〈参考リンク〉 〈参考文献〉