中心街
バスを降りたすぐ後ろの建物にATMを見つけた。観光客がそぞろ行き交うサラエボの旧市街なら、のぞき込んだ最初の画面で Insert card と英語で促してくる。しかし、地元客で賑わうバニャルカの中心街では、さすがにそのようなマイナーな配慮は無用とばかり、トップ画面はすべてセルビア語だ。カードを入れて、もしも出てくるメニューがすべてセルビア語だったら、戻るに戻れない。
決めかねているうちに次の客が現れたので、先に使ってもらうように仕草で促す。おばさんの滑らかなボタン操作を横に感じるうちに、うまく使えそうな気分になってくる。モニターの右で物欲しげにチカチカと点滅を繰り返す平べったい挿入口に、「ええい、ままよ」と、キャッシュカードを放り込む。すると、すみやかに画面が変わり、セルビア語か英語かを選ぶ選択ボタンが現れた。
大通りの向かい側がショッピングエリアのようなので渡ってみる。これから宿に行かねばならないし、何より荷物があるので、近くをぶらぶら歩いて雰囲気を楽しむだけにしておく。
午後の暑さがまだ残るというのに、通称ゴスポドゥスカ通りと呼ばれる繁華な通りは、大人たちがゆるやかに往き来する。その通りに入る手前に、いくつかの標識を上下に束ねたポールが立っていた。なんとなく見ていると、旅行案内所、いわゆるツーリストインフォメーションを指すものがある。ここが観光地という意識はなかったので、旅行案内所の存在は意外だった。うまくたどり着ければ、宿への行き方を確認できるかもしれない。
初心者にはありがたい観光地図と標識群
旅行案内所
旅行案内所を示す矢印は大通りを斜めに貫いていく。その先は緑の公園だ。公園に面した建物に入っているのだろうか。
公園を対角線に渡ってから、ちょうど尋ね人を探すみたいに、商店の並びをひとつひとつ見ていく。しかし旅行案内所はなかった。立地の雰囲気からすればこの辺りだと思えるが、標識の矢印ひとつに頼ることが少し心もとなく感じ、ふと立ち止まる。
——自力で探すのは無理そうだな。
見ると、タクシーが1台、公園の脇で地味に客待ちをしている。客でもない私が尋ねてもドライバーには何の得もないが、見たところ手はすいてそうだし、なによりドライバーなら周辺の地理に詳しいだろう。思い立ったが吉日。
「イズヴィニテ」(すみません)
続けて、「ツーリストインフォメーションを探してるんですが」と聞いてみる。ツーリストインフォメーションの単語はわからないので直訳し、Ja tražim informaciju turista. と言ったのだが、セルビア語にはやはりそういう単語はないようで、「Turističke informacije ?」と逆に聞き返される。そこに非難の色合いはなく、よくわからないので確かめたといった響きである。
30歳前後のドライバーは、客でもない私に、ほら、そこの角を右に入ったとこ、と、そんな日本語が聞こえてきそうなほど自然な調子で指先を右に曲げる。こちらはもうそれですっかり見つけたような気分になり、まるで初めから場所を知っていたというように、言われた角を自信いっぱいに右に曲がる。
旅行案内所の場所はすぐにわかった。しかし、夜8時まで明るいこの時季に、営業は16時までだった。すでに30分以上が経っていた。
ツーリストインフォメーション(なぜか窓がない。撮影は翌朝)
本 屋
インフォメーションで地図をもらう気持ちにすでになっていたので、終業していたのは大きな落胆だった。それでも、その場に座り込みたい気持ちを後回しにして、プリントアウトした宿の地図を取り出す。目の前の大通りを20分ほどひたすら歩けばいい。最後に曲がる枝道さえ間違わなければ問題なく着くはずである。
気持ちを取り直して歩き始めたら、最初の角に本屋をみつけた。ちょうどいい。地図がないか探してみよう。
入ってすぐ右手にレジがあった。手があいていた若い女性に、「市内地図はありますか」(Da li imate plan gorada ?)と尋ねる。じつは gorada と言ったのは間違いで、正しくは「o」のない grada である。お姉さんは一瞬、考える様子を見せたが、それが私の言い間違いによるのか、それとも地図の置き場所を思い出していたのかは、私には知りようがない。
いずれにせよ、足元の棚をごそごそと探すと、折りたたみ式の地図が出てきた。こういうのですか?というふうな問いかけに、適当に答えて購入する。3.80マルク、ざっと250円ほど。縮尺が正確なうえに細かい道も載っているので、あとはこれに従って宿に行くだけだ。
しかし、ゆっくりしてはいられない。
多少遅れたからといって、どうということはないが、連絡した到着時間は午後5時。あと20分余りしかなかった。
地図を買った本屋
バニャルカの市内地図