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 グルジア雑記 
えにし
経巡るグルジアトビリシの縁
 
11クタイシへ
 トビリシ最後の朝がやってきた。クタイシには今日中に着けばいいが、観光めいたことも多少やりたいので、早めに移動する。回復中と思っていた腹の具合がむしろ悪化してきたのが不安材料である。
 9時すぎに宿をチェックアウトし、昨日と同じルートのバスに乗って駅に行く。マルシュルートカ(ワゴン車などを使った乗り合いバス)は発車時間が決まっておらず、満席になれば発車する。何時何分までに行かねばならないというのがないなので、念のために薬局に寄って薬を買っておくことにする。
 薬屋はすぐに見つかった。腹を押さえて「ダイアリーア」と言えばすぐにわかると踏んだが、そうでもない。薬剤師らしき女性が何か質問してくる。こちらはダイアリーアとしか言いようがない。女性は少し考えてから嘔吐の仕草をするので、否定すると、これもおそらく薬剤師か、近くにいた男性と二言三言、言葉を交わし、それならばと、一瞬迷ったあとに出てきたのが、英字で「MOLD-AVERSI」と書かれた真っ黄色の錠剤だった。1シートに10錠が包装されている。
 こちらにそれを否定する材料は何もないので、ありがたく受け取る。5.6ラリ。昨日のサブウェイの昼メシより安い。
 「ダイアリーア」はたしかに通じなかったが、腹痛の仕草は通じたようだし(実際は腹痛はなかったが、仮に効能のずれが多少あったとしても、多少のずれならプラセボ効果で十分にカバーできると思うことにする。
 帰国後に調べてみると、MOLDはグルジアでの商品名で、薬品名はラセカドトリルというようだ。急性の下痢に効くらしい。どうしてどうして、どんぴしゃの薬であった。
 昨日確認に来た駅前の駐車場で、バトゥミ行きのマルシュルートカに乗り込む。小太りの男にどこに行くか聞かれ、クタイシと答えるとこの車に乗れと言われたのだった。クタイシはバトゥミに行く途中にあるので、バトゥミ行きに乗ってクタイシで降りるということのようだ。座席に落ち着いたところで、先ほど買った止痢剤を予防的に飲んでおく。
 車は10時前に満席となり、ゆっくりと発車した。車はマルシュルートカに典型的なワゴン車である。15人乗りくらいか。道はバトゥミからトルコにつながるグルジア随一の幹線道路とあって、路面の状態はよく、車は軽やかに疾駆する。ただ、山地に入ったあたりから少し雨が降り出した。今回の旅はどこまでも天候に恵まれない。
 2時間ほど走ったところで休憩になる。ドライブインのような賑やかな場所ではない。街道から100メートルほど内に入ったところに、ちょうど炭焼き窯やパン焼き窯を大きくしたようなレンガ造りが、山かげにひっそりと立つばかり。入ってみると意外と奥行きがあり、通路の奥に食堂がある。クタイシにはあと2時間ほどで着くが、終点のバトゥミに着くのはおそらく夕方なので、遠距離組はここで腹ごしらえしておこうという算段のようだ。
 周りの写真でも撮ろうかと外に出ると、いったん小雨になった雨が本降りに戻っていた。車中で待っている人もいるが、狭苦しい場所より澄んだ山の空気の中にいるほうがいいと思い、屋根の下に入って食事組を待つ。クタイシで降りることはまだ運転手に伝えていなかったので、建物から出てきたら伝えようと、会話集の表現を頭の中で何度か繰り返す。やがて運転手が出てきたので、クタイシに行くことを伝え、着いたら教えてもらうように頼んだ。運転手は、わかったという感じでうなずいた。
(※関連するグルジア語表現は旅メモのページの最後にあります)

山なかの休憩所

休憩所の正面
 午後2時前に大きめの町に着く。
 クタイシのようだ。車は街道の道端に停まると、私を含む数人を降ろす。途中で降車する場合はこんなふうに道端で降ろされることがある。トルコのトラブゾンでは夜行バスを真夜中に降ろされ、かろうじて近くの地味なホテルに泊まったことがあった。
 フロントガラスの様子から予想されたことだが、外はざあざあ降りになっていた。
 ——さて、どうするか。
 そう考える間もなく、タクシードライバーが声を掛けてくる。反射的に断ったが、実際のところ、この雨のなか地図を見ながら荷物を持って移動するのはなかなかの試練である。
 道向かいのマクドナルドで一人作戦会議をするか。そんなことを考えていたら、別のドライバーがすかさず「ジャパン?」と思考に割り込んでくる。思わず声の方向を向く。親日の空気に警戒が解けて値段を聞くと、5ラリという。距離感がわからないので判断のしようがなく、雨から逃れるようにして車に乗り込む。
 しばらく走ったあと、目印となる噴水広場を越え、ニューポート通りに入る。短い通りを奥まで進むと、宿の番地があった。10分ほど乗っただろうか。いまの体調ではとても雨の中を歩ける距離ではない。5ラリ(約300円)で着いたのだから安いと思うべきだろう。
 せっかく午後早くに着くので、近場のバグラティ大聖堂を見たかったが、雨中に強行する酔狂さはない。このあとの行動は天気見合いで決めるとして、まずは宿に入って旅装を解くことにしよう。
(2015.2.07 記)