宿から歩いてほんの数分の、信号機のある丁字路は、右の道をひたすら進むと鉄道駅に行き着く。駅行きのバスはこの道を通るに違いないと、バス停の電光掲示板で英語表示を確かめてから、9番のバスに乗り込む。
グルジアの旅もそろそろ終盤で、明日はクタイシという町に移動する。クタイシ行きのマルシュルートカ(ワゴン車などを使った乗り合いバス)はディドゥベのバスターミナルから出ているが、手元のガイドブックには駅前からも出ているとある。鉄道駅なら宿からバス1本で行けるので好都合だ。その確認がてら駅周辺の探索をしようというのが、今朝のこれからの予定である。
ルスタベリ大通りを走るバスはたいていどれも混んでいるが、鉄道駅に向かう9番のバスは不人気なのか、かなり空(す)いている。この界隈から鉄道駅に直行する人はあまりいないということだろう。バスはやや開けた区画をしばらく走ると、商店が並ぶエリアに再び入り、ムトゥクバリ川をあっけなく渡る。
そろそろ駅が近いはずだが、町が拓けていく感じはない。トビリシは意外とフラットな町で、高層ビルが下界を居丈高に見下ろすということがほとんどない。それに日本のように鉄道駅を中心に町が発達してきたわけでもない。
そんなことを考えているうちに、車は大きな建物に近づき、だだっ広い舗装スペースを回り込んで建物の前で停まる。トビリシ駅である。
13年前に来たときは、ここから夜行列車に乗り込んだのだった。あのときの質素な四角い駅舎は今は影も形もなく、かわりにちょっとした競技場のスタンドのような、車道が2階までせり上がり、それを覆う広い屋根の付いた、ごちゃごちゃと仰々しい駅舎が建っていた。
駅舎はたいてい正面の目立つ場所に〈××駅〉などと大きく書かれるものだが、まず目に入ってくるのは商店やメーカーの名前で、はたして探し方が悪いのか、トビリシの地名が見当たらない。一介の旅人がとやかく言う筋合いはもちろんないが、町の玄関口に当たる駅が商業資本の色に塗られ、それでいて華やいだ空気はなく、むしろ空気が止まっている感じさえする。為政者がついはしゃいで背伸びをし、蓋を開けてみれば需要とセンスのなさが無慈悲に露呈したという風情である。
さて、肝心の中はどうなっているのか、さっそく正面から駅舎に入ってみる。案内図によると3階までがテナント階で、4階が切符売り場、そして最上階の5階はフードコートのようだ。エスカレーターを上がりながらテナントをのぞくと、衣料品店や電器店があった。店内はどれもきれいで明るいが、人通りは少ない。切符売り場までさらに上がると、がらんとしたホールの両側にそれらしい窓口が並んでいる。切符売り場はまばらに人がいるが、人の体温より建物の冷たさがまさっていて、フロア全体がどこか寒々しい。
この階はフロアの左右にドアがあり、屋外通路に出ることができる。どうやら切符を買った客がそこからホームに降りられる仕組みのようだ。通路からホームの一部が見下ろせるので、写真には格好の場所だが、あいにく駅員か警備員のような男がいる。態度が柔らかいので休憩中かもしれないが、このご時世に軽率な行動は慎んだほうがよさそうだ。
長距離列車が行き交う駅は、たいていどこも旅のロマンのようなものが漂っているものだが、トビリシ駅は役所然として高揚感がない。外から見た印象そのままだと思いながら、エスカレーターを下って駅舎を出た。これからクタイシ行きのマルシュルートカを探すとしよう。
駅行きのバス
トビリシ駅