傾きかけた午後の柔らかな日差しを受けながら、地下鉄の「2ndアベニュー」駅まで歩いてF線に乗る。
この界隈はイーストビレッジと呼ばれ、文字通りマンハッタンの東側にある。すぐ東をイーストリバーが流れるせいか、空間にゆとりがある。大阪の千里中央や京都の北山通りのような街の端、あるいは東京でいえば世田谷の多摩川沿いあたりに雰囲気が近いかもしれない。
マンハッタン島は思ったより東西にコンパクトで、地下鉄をわずか2駅乗っただけでマンハッタンの真ん中に出る。西4thストリート駅の界隈は、渋谷の駅前ほどではないが、いくらかそれに似て、南向きのベランダのような明るいエネルギーを放っていた。
駅から100メートルほど東に行くと、日本でも名の知られたジャズクラブ「ブルーノート」がある。私がこれから行く〈スモールズ〉は駅の反対側にある小さなライブバーで、5分ほど歩く。昨日は夕方4時半からがっつり眠ってしまってライブに行きそびれたので、今日は何が何でも行こうと決めていた。
「アフタヌーン・ジャムセッション」というプログラムが午後4時に始まるので、それを目指して10分ほど前に着く。が、黒人のチケット係はまだ店は開いていないと言う。ライブバーのようなところは、ふつうは客がドリンクなどを注文して落ち着いたところで演奏が始まるものだが、4時のジャムセッションは開店と同時に演奏を始めるようだ。前座のように、演奏しながらゆるゆると客を入れていく方式なのだろう。
時間が空いたところで空腹を思い出した。ライブ前にしっかり食べるとライブ中に胃が重くなるうえ、今日は早めに会場に戻ってなるべく最初のほうから聞きたかったので、駅近のマクドナルドでクォーターパウンダーのセットを食べた。
4時半ごろに〈スモールズ〉に戻ると、チケット係の兄ちゃんが改めてチケットを売ってくれる。入場料は10ドル。ジャズやブルースのライブバーは他にも1、2軒ピックアップしてきているが、安くて気軽に入れることを一番の基準で選んでいる。ジャズやブルースを聞くのに服装を整えたくはない。とくにブルースは黒人のおやじがエレキギターを抱えて、深い海のなかで唄を吟じるような、漂流する魂の震えを目の前で感じてみたい。
と書いてはみたものの、このジャムセッションの中心メンバーは村上あいさんという日本人ドラマーである。定員が50人ほどの小さなハコとはいえ、この世界的大都会で、日本人ドラマーが要をなすジャムセッションとはいったいどんな音楽なのか。音楽そのものにももちろん興味を引かれるが、演奏の様子や、ミュージシャンたちとの交わりの様子などにも、おおいに関心を引かれた。
日本でジャズのライブなど聞いたことがなく、技法的なことは皆目わからないが、アフタヌーン・ジャムセッションではドラム、ピアノ、ベースを核に、クラリネットやらオーボエやらギターやらが入れ替わり立ち替わり登場しては下がっていく。終始にぎやかなセッションだった。中核メンバーも30分ごとくらいに交替し、最後はまた開始時のメンバーで安定の演奏を披露してくれた。
セッションが終わり、次のプログラムが始まるまでの弛緩した時間に、村上あいさんと少しだけ話す機会があった。どこかマラソン選手のような、心身ともにぜい肉を削ぎ落とした身軽さと、前を見据える強い視線、そして仲間の演奏を無心に楽しむ様子のなかに、1998年から続くNY暮らしがじんわりとにじみ出ている感じがした。
——CD買ってください。
気負いのない、さらっとした物言いがアメリカらしいと思い、どのみちCDには関心があり、値段も15ドルと手頃だったので、記念に1枚買う。
時間はまだ19時を回ったばかりだった。大通りを少し散策してみたかったが、途中の地下鉄の様子も気になるので、今日はおとなしく帰ることにした。
(2016.2.22 記)
村上あいさんのCD、Conception
スモールズでの演奏風景
休憩時間の店頭