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 グルジア雑記 
えにし
経巡るグルジアトビリシの縁
 
6ディドゥベ・バスターミナル
 窓外がゆっくり明るくなって地上に出る。列車はやや荒涼とした風景のなかをしばらくガタゴト走ると、ディドゥベの駅に到着する〈ディ・ドゥ・ベ〉は短い地名だが、日本人には発音がちょっと厄介である。
 ディドゥベでは駅前のバスターミナルに行って、そこから近郊のムツヘタに向かうことにしている。ムツヘタは前回来たときにも訪れていて、マルシュルートカと呼ばれるワゴン車のバスに乗り込んだことは覚えているが、それがどこだったかまったく思い出せない。
 島型のホームから階段を上って駅の外に出る。駅のどちら側に出るか迷ったが、少なくともバスの絵の標識などは見当たらないので、とりあえず通路をそのまま出てみる。
 行き交う人は少なく、駅前広場はマルシュルートカが数台停まってぼんやり客待ちをしているだけで、秋空の寂しさが際立った。ちょっとした手詰まり感を感じた私は、手近なマルシュルートカのドライバーに近づき、ムツヘタに行きたいと言ってみる。しかし、2、3回言っても通じない。さればと、ムツヘタシ・アウトブスィ(ムツヘタへのバス)とだけ言うと、ようやく理解してもらえた。
 ドライバーのおじさんは何を思ったのか、運転席のドアを開けて降りてくる。わざわざ数歩歩いて見晴らしのいい場所に出ると、私に何か言いながら駅の向こう側を指差す。何のことはない、バスターミナルは駅の反対側だった。
 地下道をくぐって駅の反対側に出ると、まるで一気に何キロもの距離を飛んできたかのように別世界が広がっていた。
 ——ああ、これぞバスターミナルのエネルギーだ。
 露店の花道が100メートルほど続き、その向こうに多くの車が停まっている。引き寄せられるように近づくと「カズベギ?「バトゥーミ?」とすかさず呼び込みの声が掛かる。ムツヘタ行きの乗り場は奥だというガイドブックの説明を思い出し、呼び込みを受け流して奥に向かう。
 にしても、まったくの青空ターミナルである。こういう場所でのよそ見は防犯上よくないので、あまり周囲をきょろきょろ見なかったが、切符売り場とか時刻表とか待合室とか、バスサービスに必要な一切合切を収容したターミナルビルというものがない。広場に車が停まっているだけである。カトマンズのラトナパルクといい勝負だ。今朝は秋晴れだからいいものの、大雨や真冬での移動はなかなか骨が折れそうだ。
 ムツヘタ行きのマルシュルートカは、やや奥まった右手に停まっていた。
*      *      *
 ムツヘタからは正午前に戻ってきた。帰りのマルシュルートカは、大通りから敷地内に少し入ったところで客を降ろす。余談ながら〈マルシュルートカ〉という名前もなかなか覚えにくい。私は覚える方便として、フランス語のマルシュ(marche:車が走る)とルート(route)に指小辞の ka が付いた言葉として覚えた。後で調べてみると、あながちデタラメでもないようだった。
 朝は7時前にパンを食べただけなので、じつは腹が減っていた。トルコ圏でよく見るドネル屋でもないかと商店エリアをうろついていたら、うまい具合いに1軒あった。肉の塊をゆっくり回しながら焼いていく機械が店頭に置かれているので、すぐにわかる。この肉塊から何枚かを薄く削ぎ取って、野菜などと一緒に挟んだものがいわゆるドネルケバブである。
 店は若い夫婦がやっていた。具はたいてい似たり寄ったりなので、問題はパンである。コソボでは分厚いバンズに挟んで出てくることが多く、そのたびに食べきれなかった。そこが知りたいと思い、bread と言ってみる。旦那が見せてくれたのは、インド料理でロティと呼ぶ、クレープ皮のような薄いパンだ。この薄さがちょうどいい。
 「カルガッd(OK)と伝え、大きさはスモールを頼む。旦那さんは削ぎ肉と野菜に調味料を掛け、それを春巻きの形に器用に包み込むと、手で持って食べられるように、紙ナプキンでさらに半分ほどを包んでくれる。値段は3.5ラリ、ざっと250円ほどである。
 今後のために名前を聞くと「シャウルマ」という答えが返ってきた。
 ——どこかで聞いたことのある気がする。
 ええと。記憶のなかを数秒検索して思い出した! 店の前の看板に大きな文字で書かれていた言葉がシャウルマだった。最初見たときは店名か、それとも「お持ち帰り」みたいな業態かと予想したのだったが、何のことはない、日本風にいえばサンドイッチとか讃岐うどんのような、食べ物の名前だった。
 看板を指差して見せると、旦那さんはそうだ、というように大きくうなずいた。
 青空ターミナルの全貌がどうなっているのか興味を惹かれはしたが、ひとたび腹がふくれると五感が鈍ってきて、人混みに長居は無用という気持ちになる。ミニバスやワゴン車が無秩序に並ぶ区画をいくつか越え、露店の花道を通って地下鉄駅に戻る。今日は昨日とは打って変わって肌寒いので、トビリシの中心に戻って少し休むことにしよう。

ディドゥベ・バスターミナルの一角

シャウルマ(შაურმა)の派手な看板

駅前の露店(奥の赤いMが地下鉄のマーク)
(2014.12.28 記)